労務管理

【実務で迷いがち】業績悪化を理由に昇給を見送ることはできる?

「就業規則に“業績により昇給することがある”と書いてあるけど、
業績が厳しいときは昇給を見送ってもいいの?」
──このようなご相談を受けることがあります。

結論から言えば、就業規則の定め方や、会社と従業員との慣行(実態)によって判断が分かれます。

■ 1.昇給の定め方と会社の義務

就業規則に「昇給することがある」とだけ記載されている場合、
これは努力目標的な定めとされ、会社に必ず昇給させる義務はありません。

つまり、具体的な昇給額や条件が明示されていない場合には、
「業績が悪化した」という事実があるだけで、深刻な経営危機でなくても昇給を見送ることが可能と解されています。

■ 2.最高裁判例の考え方(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件)

最高裁は、次のように判断しています。

「業績により昇給することがある」との定めしかなく、
毎年の昇給額は労使交渉により決めていた場合、
労使交渉で昇給額が決まらない限り、
会社には昇給義務は発生しない。

このため、「昇給することがある」という抽象的な表現のみでは、
必ずしも昇給しなければならないわけではないと判断されました。
(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件・最判平成7年3月9日)

■ 3.ただし注意!「労使慣行」がある場合は別

もし会社が毎年継続して昇給を行ってきた場合には、
それが「労使慣行」として認められる可能性があります。

労使慣行が成立するには、次の3つの要件を満たす必要があります。

  1. 同じ取扱いが長期間にわたって繰り返されている
  2. 会社がこれを明示的に否定していない
  3. 管理者層も含めて「当然そうすべきもの」と認識している

この3点が揃っていると、「今年だけ見送る」という対応は難しく、
昇給見送りが不当労働行為や労働契約違反と判断されるおそれがあります。


■ 4.【実務事例】中小企業A社のケース

A社では、就業規則に「業績により昇給することがある」との定めを置き、
創業以来、ほぼ毎年ベースアップを実施してきました。

しかし、コロナ禍により売上が前年対比30%減少。
経営会議の結果、今年度は昇給を見送る方針としました。

このときA社は、

  • 昇給見送りの理由(業績悪化・利益減少)を全従業員に丁寧に説明
  • 「業績回復後は再開する」旨を明示
  • 労使代表にも説明し、同意書を取得

これにより、透明性をもって労使間の信頼を維持することができ、
後のトラブルも発生しませんでした。

■ 5.実務対応のポイント

  • 就業規則の文言を明確にしておく
    → 「業績に応じて昇給することがある」と明記すると柔軟な運用が可能。
  • 労使慣行がある場合は慎重に
    → 昇給を見送る際は、理由説明・記録化・労使協議をセットで。
  • 従業員への説明を丁寧に
    → 「納得感のある説明」が労使関係維持のカギ。

■ まとめ

昇給を見送るには「業績悪化」の事実が必要ですが、
就業規則の書き方と運用実態(労使慣行)がポイントになります。
経営状況を理由に昇給を止める場合でも、
「なぜ・いつまで・どのように再開するか」を説明し、誠実に対応することが大切です。


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