ひらおか社会保険労務士事務所
従業員向けに研修や勉強会を実施している企業は多くありますが、
「これは労働時間なのか?」「参加を“任意”にすれば賃金は不要なのか?」
と迷う場面も多いのではないでしょうか。
今回は、大阪地裁が “勉強会の参加時間を労働時間と認定” し、会社に未払残業代の支払いを命じた裁判例(前原鎔断事件:令和2年3月3日判決)をわかりやすく解説します。
企業の研修運用に大きく影響する重要判例ですので、ぜひ自社の運用チェックにお役立てください。
1. どんな事件だったのか(事案の概要)
原告(従業員)は、金属加工会社で働いていた従業員。
会社の実施する「勉強会」に参加していたものの、その時間について割増賃金(時間外手当)が支払われていなかったため、
「勉強会の時間は労働時間である」
として、未払割増賃金を請求した事件です。
2. 裁判所の判断──勉強会の時間は“労働時間”
大阪地裁は、次の理由から 勉強会の時間は労働基準法上の労働時間に該当すると判断 しました。
① 実質的に参加が強制されていた
勉強会は、原告に対する指導内容を振り返る内容であり、
原告が参加しないと成り立たない形式 でした。
さらに、
- 原告は会社から「技術習得が遅い」と評価されていた
- 参加しない場合、人事評価(賃金・賞与)や地位に影響することが明らか
この状況は、形式上「任意」でも、
実質的に参加せざるを得ない=強制性がある
と判断されました。
② 内容が業務に直結していた
勉強会は、日常業務に必要な技術・指導点を振り返るもので、
業務遂行のために不可欠な内容 でした。
そのため、「会社の業務の一環」と評価されました。
③ 就業規則で「教育訓練の受講義務」を規定
会社の就業規則には、
- 会社は業務上必要な教育訓練を行う
- 従業員は、会社が指示した教育訓練は受講しなければならない
との規定がありました。
このため、
「教育訓練は任意」ではなく「義務」であることを会社自身が規定している
と見なされ、労働時間性を強める結果となりました。
3. 【実務解説】この判決が企業に示す重要ポイント
この裁判例は、単に勉強会の時間を労働時間と認めたにとどまらず、
“多くの企業が誤解しがちなポイント” を示しています。
● 誤解①:「自由参加と言っているから大丈夫」
→ NG。実態で判断される。
以下のような状況があれば「実質的強制」とされます。
- 参加しないと評価に影響すると従業員が感じる
- 管理職が「参加したほうがいい」と事実上圧力をかける
- 不参加者が不利益を受けているように見える
形式的な「任意」は一切通用しません。
● 誤解②:「本人のための勉強会だから労働ではない」
→ NG。業務に直結していれば労働時間扱い。
スキルアップの目的でも、
内容が日常業務に必要な技術・知識に関われば労働時間です。
● 誤解③:「就業規則に書いていないから大丈夫」
→ NG。逆に“書いてあると危険”な場合もある。
特に注意すべき条文:
「会社が指示する教育訓練は受けなければならない」
この規定は、
研修=義務 → 労働時間
と判断されるリスクが高まります。
4. 企業が取るべき対応(チェックリスト付き)
▼(1)任意参加にする場合の厳格な運用
✔ 不参加による不利益の禁止
- 評価・給与・昇進などに影響を与えない
- “出ないとスキルが身に付かないよ”という心理的圧力もNG
✔ 管理職への徹底教育
管理職の一言で「強制」と判断される場合があります。
✔ 内容を業務と明確に分離
- 趣味・教養系
- 希望者のみのキャリア形成プログラム
など、業務関連性をできるだけ低くする工夫も必要です。
▼(2)就業規則の見直し
次の2つを区別して明記するのが安全です。
- 業務命令として行う研修(=労働時間)
- 任意参加の研修(=労働時間ではない)
これを曖昧にすると、今回の判例のようなリスクが高まります。
▼(3)研修・勉強会の時間は“原則”労働時間
企業は、「無料で学ばせてあげている」という意識がある場合もありますが、
労働時間かどうかは“使用者の指揮命令下”にあったかで決定される
点に注意が必要です。
5. 【事例紹介】こんなケースは要注意
●事例A:毎週開催の「技術振り返り勉強会」
- 進行役は若手社員
- 出席しない社員は上司から注意
- 評価面談で「勉強会の参加姿勢」が話題に出る
→ 労働時間の可能性が非常に高い
●事例B:資格取得のための勉強会
- 参加は任意
- 不参加でも評価に影響なし
- 内容は業務では必須ではない
→ 労働時間ではない場合もあるが、運用次第で労働時間になり得るため注意
●事例C:業務終了後の「反省会」
- 実質的に強制参加
- 業務内容の振り返り
- 管理職も参加して指導
→ 完全に労働時間
6. まとめ:研修・勉強会は「実態」で判断される
この裁判例が示しているのは、
研修や勉強会が「労働時間か」は、名称ではなく“実態”で決まる
という原則です。
教育の場を設けること自体は素晴らしい取り組みですが、
運用を誤ると 未払賃金・労基署指導・付加金請求 に直結します。
自社の研修運用が適正か、今一度点検してみませんか?
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