ひらおか社会保険労務士事務所
長時間労働による過労死・精神疾患などの問題は社会的に高い関心が寄せられていますが、
今回ご紹介する裁判例は、 従業員が具体的な疾患を発症していなくても、長時間労働を放置しただけで慰謝料の支払いが命じられた 非常に重要な事案です。
企業が「健康被害が出ていないから問題ない」と考えることが、どれほど危険であるかを示すものです。
本記事では、判決内容と企業が取るべき実務対応についてわかりやすく解説します。
1. 事案の概要(アクサ生命保険事件)
原告は生命保険会社で育成部長として勤務していました。
会社は、
- 36協定(時間外労働協定)を締結していないにもかかわらず
- 月30~50時間の時間外労働を1年以上継続させていた
原告は、「会社が長時間労働を放置した」と主張して訴訟を提起しました。
2. 裁判所の判断──“疾患なしでも”慰謝料10万円を認める
裁判所は、以下の点から 企業側の安全配慮義務違反を認定 しました。
① 36協定を締結しないまま時間外労働をさせていた
企業は36協定がなければ、法定労働時間を超えて労働させることはできません。
本件では、会社が従業員を時間外労働に従事させていたことを「認識できたはず」と判断されています。
→ 「36協定なしの残業」は明確な労基法違反
→ 監督署の是正対象になるだけでなく、損害賠償の根拠にもなる
② 長時間労働に対し、改善措置を一切講じなかった
判決では、使用者の対応について
労働状況を調査したり、改善指導をしたりした証拠は認められない
と指摘されています。
→ “見て見ぬふり”は安全配慮義務違反に直結
③ 疾患の発症がなくても慰謝料が認められた
特に重要なのはこの点です。
裁判所は、
- 1年以上
- 月30〜50時間の残業を継続
- 心身の不調を来す可能性がある状態だった
と認めた上で、疾患発症がなくても
慰謝料10万円の支払いを命じた
ことです。
これは、
「結果(疾病)」ではなく「放置というプロセス」が違法
とされた点で非常に重い示唆があります。
3. この判決が企業に示す“3つの警鐘”
① 36協定の未締結・未届は“即アウト”
「うちの会社は忙しい時だけ残業してるから…」
という言い訳は通用しません。
36協定がなければ、
たった1時間の時間外労働でも労基法違反 です。
✔ 36協定は毎年締結・届出しているか
✔ 特別条項の範囲を超過していないか
✔ 実態と協定内容が一致しているか
を必ずチェックする必要があります。
② 疾患の発症がなくても損害賠償リスク
「倒れていないから大丈夫」
「メンタル不調になっていないから問題ない」
→ この考え方は完全に否定されました。
長時間労働という状況そのものが、
企業の法的責任(安全配慮義務違反)を問う根拠になります。
③ 長時間労働に対する“積極的な対策”が求められる
単に労働時間を把握しているだけでは足りず、
- 異常値を見つけた場合は即ヒアリング
- 原因分析と改善指示
- 配置転換・業務量調整などの実際の措置
を行っているかが問われます。
→ 企業は“放置しなかった”ことを説明できなければならない
4. 【事例で理解】実務で起こりがちな長時間労働リスク
事例①:部長が部下の残業を黙認
部門の繁忙を理由に残業が常態化。
36協定も未届出。
残業時間は毎月40時間超を継続。
→ 安全配慮義務違反の可能性大。裁判例に酷似。
事例②:勤怠システムにアラートがあっても管理職がスルー
人事部は気付いていたが現場に任せていた。
→ “見て見ぬふり”と判断され、企業責任が問われるリスク
事例③:「自主的な残業」と説明しているが実態は業務量過多
→ 自主性の有無ではなく、
業務量・指揮命令実態で判断
されるため危険。
5. 企業が今すぐ対応すべきチェックポイント
- □ 36協定が最新の状態で締結・届出されている
- □ 協定の範囲を超える労働が発生していない
- □ 勤怠データを毎月分析し、長時間労働者を把握できている
- □ 異常値に対して、改善措置(指導記録・面談記録)を残している
- □ 管理職が「残業させるリスク」を理解している
- □ 業務量の偏りを定期的に見直している
1つでも欠けている場合、今回の裁判例と同様のリスクが発生します。
6. まとめ:長時間労働問題は“発症してからでは遅い”
本判例が示した重要なポイントは、
健康被害がなくても、長時間労働を放置した時点で企業責任が生じる
という点です。
働き方改革が進む中、監督署の指導も強化されており、
企業はこれまで以上に労務管理の適正化が求められます。
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