ひらおか社会保険労務士事務所
採用競争が激しくなり、サインオンボーナス(入社祝い金・入社支度金)を支給する企業が増えています。
しかし、採用後すぐに退職されてしまうと
「試用期間中に辞めたのだから返してほしい」
と考える企業も少なくありません。
ところが――
この“返還契約”、実は違法となるおそれが非常に強い制度です。
本記事では、法律の考え方・判例・実務上の注意点・企業がとるべき代替策を分かりやすく解説します。
1. サインオンボーナス返還契約は原則NG
▼ 労働基準法が禁止する「違約金・損害賠償の予定」
労働基準法第16条は、次のような契約を禁止しています。
「労働者の労働契約不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約」
つまり、
一定期間働かなければ返還義務を負わせる
という契約は、労働者に退職をためらわせる “不当な拘束” と判断されやすく、違法となる可能性が高いです。
2. 試用期間中の退職に返還義務を課す契約は危険
サインオンボーナスの返還を「試用期間中の退職」を条件として課す場合、次の理由で違法と判断される可能性があります。
● 返還義務が退職の自由を制限する
労働者に「辞めたら返金が必要」という心理的圧力が生まれるため、
実質的に退職を妨げる効果 を持つと評価されやすい。
● 実質的に「賠償予定」と解される
試用期間中の退職が “債務不履行” とみなされ、返還額がその「違約金」に相当すると判断されるおそれがあります。
→ 労働基準法16条に違反し、罰則の対象となり得ます。
3. 判例:1年以内の退職で返還させる契約 → 違法と判断
本文に記載された判例では、次の点が問題となりました。
▼ 契約内容
「1年以内に自発的に退職した場合、サイニングボーナスを返還する」
▼ 裁判所の判断
- 返還条項は労働者の債務不履行を前提とした違約金にあたる
- 労働者の意思に反して労働を強制する“拘束手段”である
- よって、労働基準法の「賠償予定の禁止」および「強制労働の禁止」に違反
結論:
返還義務を負わせる条項は無効 と判断されました。
試用期間に限らず、一定期間の勤務を義務づける返還契約は、極めてリスクが高いと言えます。
4. 【実務でよくある誤解と落とし穴】
① 「本人が納得してサインしたのだから有効では?」
→ 契約書にサインしても、法に反する条項は無効です。
労働契約は「労働基準法より労働者に不利な部分は無効」が大原則。
② 「返還額は祝い金の実費だから問題ない?」
→ 労働基準法は “金額の妥当性” ではなく 拘束性 を問題にします。
1円でも返還義務があるならアウトになる可能性があります。
③ 「早期退職者が続くと会社が損害を受ける…」
→ 採用コストへの不満は理解できますが、
法制度では企業負担と整理されている部分です。
採用リスクは会社が負う前提で制度がつくられています。
5. 【事例】実務で起こりがちなケースと対応
◆ 事例①:試用期間3ヶ月以内の退職 → ボーナスを返してほしい
→ 返還契約がある場合でも無効となる可能性が高い。
企業側の要望がよくありますが、試用期間は会社が本採用を判断する期間。
その間に辞めた場合でも、返還義務を負わせるのは“退職の自由”を不当に制限します。
◆ 事例②:サインオンボーナスの支給で早期離職が増えた
→ 制度設計を見直す必要あり。
返還義務を課すことは難しいため、
- 本採用後に支給する
- 分割して支給する(例:入社後3ヶ月・6ヶ月)
- 内定辞退防止のインセンティブを別に設定する
など、合法的な運用に切り替えるのが実務的です。
◆ 事例③:会社側が「退職勧奨」を行ったケース
→ 返還義務は当然なし。むしろ“会社都合扱い”になり得る。
退職を促したにもかかわらず返還を求めると、
労働紛争リスクが極めて高くなります。
6. 【企業がとるべき代替策:合法的にリスクを減らす方法】
✔ ① サインオンボーナスは「本採用後」に支給する
もっともリスクの少ない手法。
✔ ② 一括支給せず「段階支給」にする
例:
- 入社1ヶ月後:5万円
- 入社3ヶ月後:5万円
- 入社6ヶ月後:10万円
試用期間離職のリスクを自然に回避できます。
✔ ③ 採用要件を厳格化し、ミスマッチ採用を防止する
採用プロセスの質を上げることが結果的に最良のリスクヘッジ。
✔ ④ 就業規則・雇用契約書に誤った返還条項を入れない
法的リスクが高いため、必ず社労士・弁護士に確認を。
7. まとめ
- サインオンボーナスの返還契約は 原則として労働基準法違反となる可能性が高い
- 試用期間中の退職を理由に返還義務を課すことも 違法のリスクが極めて高い
- 判例でも返還条項が「不当な拘束」として無効と判断
- 合法的に運用するには、本採用後の支給・段階支給が現実的
- 契約書・就業規則に返還条項を入れる際は必ず専門家のチェックが必要
サインオンボーナス制度は便利ですが、誤った運用はすぐに労働紛争へ発展します。
企業は「採用リスクの分散」と「法令遵守」の両方を確実に押さえることが重要です。
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